今月は、労働契約申込みみなし制度について解説します。

平成27年の労働者派遣法改正により、違法な労働者派遣を行った場合、派遣先が派遣社員に労働契約を申し込んだものとみなす、労働契約申込みみなし制度が導入されました。

最近まで労働力不足のため派遣切り等が行われるケースが少なかったこともあり、派遣社員から労働契約申込みみなし制度が主張されることはほとんどありませんでした。しかし、昨今、コロナ禍において派遣切りが珍しくなくなってきたことから、今後、業務委託契約や派遣契約を終了しようとした場合に、当該業務に従事する労働者から、労働契約申込みみなし制度が主張される機会も出てくるものと思われます。そこで、今回は、どのような場合に労働契約申込みみなし制度が適用されるのかについて、説明します。

1.労働契約申込みみなし制度(労働者派遣法 40条の6

労働契約申込みみなし制度は、違法派遣が行われている場合に、労働者派遣の役務の提供を受ける者(以下「派遣先等」)が当該違法派遣について善意無過失であった場合を除き、派遣先等が派遣労働者に対して、労働契約の申込みをしたものとみなす制度です。

同制度は、違法派遣の是正に当たって、派遣労働者の希望を踏まえつつ雇用の安定を図ることを目的とし、また、派遣先等に民事的な制裁を科すことにより、労働者派遣法の規制の実効性を確保することを制度趣旨としています(「労働契約申込みみなし制度について」平成27年9月30日付け職発0930第13号)。

労働契約申込みみなし制度の適用がある違法派遣は、労働者派遣法40条の6第1項各号に該当する下記の行為です。

①   派遣労働者を禁止業務に従事させること(1号)

②   無許可事業主から労働者派遣の役務の提供を受けること(2号)

③   事業所単位の期間制限に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること(過半数労働組合等からの意見聴取手続のうち厚生労働省令で定めるものが行われない違反の場合を除く)(3号)

④   個人単位の期間制限に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること(4号)

⑤   労働者派遣法等の規定の適用を免れる目的でいわゆる偽装請負等を行ったこと(5号)

労働契約申込みなし制度は、派遣先等の責任を問う民事的な制裁であるため、派遣先等が労働契約の申込みをしたとみなされるには、派遣先等が違法派遣について善意無過失ではないこと(悪意有過失であること)が必要とされます。

すなわち、派遣先等は、違法派遣を行っていた場合であっても、それについて善意無過失である旨の抗弁が認められた場合は、労働契約の申込みをしたものとはみなされません。

派遣先等による労働契約申込みみなしが認められた場合、労働者がこれに対して承諾すると、労働契約が成立します。承諾の方法について法律上の定めはありませんが、承諾は、労働契約の申込みがされたとみなされる日(違法派遣が行われた日)から1年以内に行う必要があり、1年を超えると申込みは効力を失うこととなります(労働者派遣法40条の6第3項)。

すなわち、派遣先等による労働契約申込みみなしが認められ、さらに、派遣労働者がこれを承諾し、派遣先等と派遣労働者との間に労働契約の成立が認められるためには、下記の要件を満たす必要があります。

①   派遣先等により上記の違法派遣が行われたこと

②   派遣先等が違法派遣に該当することについて善意無過失ではないこと(悪意又は有過失であること)

③   違法派遣が行われた日から1年以内に派遣労働者による承諾がなされること

派遣先等と派遣労働者との間に労働契約が成立した場合、労働条件は、派遣元等と派遣労働者との間の労働契約における労働条件と同一のもの(派遣元等における就業規則等に定める労働条件も含まれます。)となります。労働契約期間もそのまま、始期・終期を含めて引き継がれます。他方、社会通念上、使用者が代わった場合に承継されないような派遣元等に固有の労働条件については引き継がれないことがあります。また、無期転換制度(労働契約法18条)に関する通算契約期間は原則として引き継がれません。

2.いわゆる偽装請負等の場合(労働者派遣法 40条の61 5号)

労働者派遣法等の規定の適用を免れる目的で、請負や業務委託等の労働者派遣契約以外の名目で契約を締結し、必要とされる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受ける「いわゆる偽装請負等」の場合、上記の違法派遣の他の4類型と異なり、派遣先等の主体的な意思が介在します。

すなわち、労働契約の申込みみなしが認められるには、⑴労働者派遣法等の規定の適用を免れる目的(「偽装請負等の目的」)と、⑵偽装請負等の状態が必要となります。

行政解釈では、この「偽装請負等の目的」は、「免れる目的」を要件として明記した立法趣旨に鑑み、指揮命令等を行い偽装請負等の状態となった事実のみをもって「偽装請負等の目的」が推定されるものではないとされています。

また、請負契約等を締結した時点では派遣先等に偽装請負等に該当することの認識がなく、途中でその認識が生じた場合は、認識した時点が1日の就業開始日であれば当該日以降、1日の途中で認識した場合は翌就業日以降に、偽装請負等の状態となった場合、労働契約申込みみなしが認められるとされています(前掲「労働契約申込みみなし制度について」)。

3.裁判例紹介

日本貨物検数協会(日興サービス)事件(名古屋地判令2.7.20、労働判例1228号33頁)は、労働者派遣法による直接雇用の申込みみなし規定の解釈が問題になった実質的に最初の公刊裁判例と言われています。

同事件は、貨物の検数(船積貨物の積込又は揚陸を行うに際してするその貨物の個数の計算又は受渡の証明)等の事業を行っているY協会が、労働組合と定めた指定事業者の1つであるA社と検数等の業務に関する業務委託契約を締結していたところ、同業務に従事していたA社の従業員であるXらが、Y社に対して、直接雇用を求めたという事案です。

当初、Xらは、加入した労働組合を通じて、Y社に転籍することを要求していましたが、途中から、労働契約申込みみなし制度の適用があるとして、Y社に対して、承諾の意思表示を行い、直接雇用契約が成立していると主張しました。

H27.10.1

H27.11.6

H28.1.29

H28.3.31

H28.4.1

H29.3.30

 

H29.10.31

労働契約の申込みみなし制度を定める労働者派遣法の施行

Xらが、労働組合を通じて、Y社に転籍することを要求

Y社とA社が労働者派遣基本契約書を作成

Xらに関する労働者派遣個別契約書を作成

Xらに関する労働者派遣開始

Xらが、労働委員会において、Y社とA社の契約が労働者派遣契約に変更していたことを知る

Xらが、Y社に対して、労働者派遣法40条の6第1項5号に該当するとして、労働契約の承諾の意思表示

裁判所は、Y社とA社との間の業務委託契約はいわゆる偽装請負に該当すると判断しました。また、労働者派遣法40条の6第1号が定める偽装請負等の目的(適用潜脱目的)については、「労働や派遣以外の名目で契約を締結したこと及び当該契約に基づき労働者派遣の役務の提供を受けていることの主観的な認識(悪意)又は認識可能性(過失)とは必ずしも同一ではなく、むしろ、このような形式と実質の齟齬によ り労働者派遣法等による規制を回避する意図を示す客観的な事情の存在により認定されるべきものと解するのが相当である」として、 Y社とA社は労働者派遣契約により検数業務を行うことが可能であったにも関わらず、あえて業務委託契約を締結していたこと、②業務委託契約を締結していたにも関わらず、長期間にわたって、 Y社がA社の従業員を指揮命令下において、検数業務に従事させていたこと、③平成 27930日以前は、労働者派遣法上、長期間の労働者派遣を受けることが困難であったが、一方で、検数業務には熟練労働者が必要とされていたこと等の事情から、Y社に偽装請負等の目的があったと認定しました。そして、Y社は、労働契約の申込みみなし制度を定める労働者派遣法が施行された平成27年10月1日から、業務委託契約が労働者派遣契約に切り替わった平成28年3月31日から1年が経過した平成29年3月31日までの間、Y社がXらに対して労働契約の申込みをしているものとみなされると判断しました。

他方、Xらの承諾の意思表示については、承諾期間(労働者派遣法40条の6第3項)外になされたものであり、効力を生じないと判断しました。この点について、Xらは、Y社及びA社が、労働者派遣契約への切り替えをXらに周知していなかったことから、承諾期間を徒過していることを主張していなかったことは信義則に反する等と主張しましたが、裁判所は、そのようなY社の行為が不法行為を構成する可能性はあったとしても、労働者派遣契約への切り替えによって、労働者派遣法上の違法状態が解消されている以上、Y社に対して労働契約申込みみなし制度により民事的な制裁を加える理由に乏しいと述べています。

また、Xらが労働組合を通じてY社に行った転籍要求については、労働契約申込みみなし制度における承諾は、派遣元との従前の労働契約の維持と派遣先の労働契約の成立との選択権の行使の結果なされるべきであり、 みなし申込みの存在を明確に認識せずに派遣先等に直接雇用の要望を出したとしても、労働契約申込みに対する承諾と評価することはできないとして、労働組合を通じた転籍要求による労働契約の成立を否定しました。

同事案においては、労働組合を通じた転籍要求は承諾の意思表示とは認められませんでしたが、派遣労働者がどのような認識でどのような行為を行った場合に、労働契約申込みみなしに対する承諾の意思表示が認められるかについては、なお議論の余地があるものと思われます。

The content of this article is intended to provide a general guide to the subject matter. Specialist advice should be sought about your specific circumstances.