ここ数カ月において、世界各地で仲裁に積極的な判断が下されており、自社の紛争解決メカニズムに仲裁を取り入れることを検討中の日本企業にとっては、このことが更なる安心材料となるでしょう。本稿では、英国、香港およびシンガポールにおける事例の概要をお伝えします。

  • Xstrata Coal Queensland Pty Ltd and others v Benxi Iron & Steel (Group) International Economic & Trading Co Ltd [2016] EWHC 2022 (Comm)
  • BBW v BBX and others [2016] SGHC 190
  • American International Group and AIG Capital Corporation v. X Company [2016] HCCT 60/2015 (30 August 2016)
  • 結語
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Xstrata Coal Queensland Pty Ltd and others v Benxi Iron & Steel (Group) International Economic & Trading Co Ltd [2016] EWHC 2022 (Comm)

イングランド高等法院は、1996年仲裁法第79条に基づく請求を容認し、原告らのうち一名の身元に関して曖昧な点を修正するよう1998年ロンドン国際仲裁裁判所(LCIA)仲裁規則(本件規則)第27条に基づく申立てを仲裁廷で起こす期限について、その延長を認めました。

背景

中国の裁判所は、原告らのうちの一名が契約(および仲裁合意)の当事者ではなかったことを理由に、LCIAが下した仲裁判断の承認および執行を拒否しました。仲裁判断ではこの問題には触れられていませんでした。

原告らは、仲裁判断の修正について定めた本件規則第27.3条に依拠しようとしました。しかし、中国の裁判所が判断を下す頃には、かかる申立てができる(仲裁判断の受領後)30日の期限が、とうに過ぎてしまっていました。

LCIAは、仲裁廷が委任事項を全うしており、この申立てを聞くことはできない旨を確認しました。このため原告らは、第27条に基づく仲裁廷への申立てを行う目的で、第79条に基づく期限の遡及的延長を求め、裁判所で申立てを起こしました。

判決

裁判所は、実務上ほぼ全ての場合において、執行を試みた結果が分かる前に本件規則第27条に基づく期限が切れてしまう点を指摘しました。

よって裁判所は、仲裁廷が解説を付すことを可能にすることは、「正当かつ合理的なアプローチ」であると結論付けました。裁判所はまた、(中国における裁判手続の結果を待つことが合理的であったことから)第79条に基づく申立てを行うにあたり、不当な遅延はなかったとの認定を下しました。したがって裁判所は、本件申立てを容認しました。

所感

本件は、イングランドの裁判所が、またもや実用的で仲裁に積極的な判断を下した事例です。本件はまた、多数当事者や多数契約で構成される複雑な取引において、当事者を明確かつ正確に定義すること、また請求を起こす者が適正な当事者であることを確保することについて、改めて注意喚起させられる事例となりました。

BBW v BBX and others [2016] SGHC 190

シンガポール高等法院は最近の判断で、裁判所のファイルおよび書類の一般公開を禁止する封印命令を下す固有権を同裁判所が有する旨を確認しました。

背景

原告は、自らを被告とする訴訟(本件訴訟)に関する全裁判書類に封印を施す旨の命令を求めた申立てを起こしました。本件訴訟は、シンガポール国際仲裁センター(SIAC) 仲裁に関係する申立てでした。原告の主張は、本件訴訟においてこの仲裁に関する証拠に言及がなされるというものでした。

原告の申立ては、①シンガポールの国際仲裁法( IAA)第22条および第23条、ならびに②封印命令を下すことができるという裁判所の固有権に依拠するものでした。

判決

IAAに基づく秘密保持

IAA第22条および第23条では、仲裁の秘密保持について定められています。裁判所は、上記仲裁はIAAの対象となるものの、本件訴訟は(補償契約に関する契約に基づく請求であることから)IAAに基づく手続には当たらないと認定しました。そのためIAAの適用対象ではありませんでした。

封印命令を付与することができる固有権

同裁判所が封印命令を付与する権限については、明示的な規定はありません。しかし、同裁判所は、封印命令を付与することができる固有権を自らが有しているに違いないという見解に至りました-そうでなければ、同裁判所は何年にもわたりそうしてきたことで、間違ったことをしていたことになります。同裁判所はまた、かかる命令は、同裁判所が有する公正な結果をもたらすための固有権の範囲内である、と認定しました。

仲裁の秘密保持についての公序は、シンガポールの裁判所とシンガポール議会の両方により支持されているものであり、封印命令を付与するという判断は、開かれた正義の原則と、秘密保持の必要性とを天秤にかけてなされるものです。

同裁判所は、相当な部分で事実の重複があることに鑑み、本件訴訟における証拠提示が上記仲裁の秘密性を侵害することになるであろう、と判示しました。よって裁判所は封印命令を付与しました。

所感

本件は、シンガポールでは仲裁の秘密を守ることが最優先事項であることを確認するものです。同裁判所は、IAAに基づいて付託された事案ではなくとも、仲裁に関係するものであれば、秘密保持のために自らの権限を用いることができるのです。

American International Group, Inc and AIG Capital Corporation v X Company [2016] HCCT 60/2015 (30 August 2016)

香港の裁判所は、仲裁廷が適用法を「故意に無視した」ことを原告が立証できなかったことを理由として、仲裁判断の取消申立てを棄却しました。

背景

株式譲渡契約(SPA)に基づく担保として被告が支払った保証金(本件保証金)を巡り、紛争が生じました。その後被告は、当該SPAに違反し、当該紛争は、香港における仲裁に付託されました。

仲裁廷は、原告らが本件保証金を保持する権利はないとの認定を下しました。原告らは、仲裁条例(Arbitration Ordinance (Cap 609))第64条に基づき、かかる仲裁判断の取消しを求めて香港の裁判所で申立てを起こしましたが、その法的根拠は、仲裁廷が公正な結果と考える結論に至るために、仲裁人らがニューヨーク法(合意された準拠法)の基本原則を無視したというものでした。

実際のところ仲裁廷は、仲裁判断の中で、ニューヨークの裁判所が下した幾つかの判断について検討していました。原告らの主張は、そうした言及にもかかわらず、仲裁廷がニューヨーク法を意図的に無視することを決めたのでなければ、この仲裁判断を下すことはできなかったはずである、というものでした。

判決

同裁判所は、重大な不正行為があったという推論をするのは、説得力のある裏付証拠が存在する場合のみであるべき旨を確認しました。本件において同裁判所は、原告らの主張を裏付ける証拠を認めず、したがって、本申立てを棄却し、原告らに対し費用の賠償を命じました。

所感

香港では、仲裁廷による法律の瑕疵は、仲裁判断を取り消すための有効な法的根拠とはならず、むしろ、適用法が「故意に無視」されたことを、申立人が立証しなければなりません。仲裁廷の判断の裏にある理由や動機について裁判所が安易に推測することはなく、裁判所が法律の瑕疵を是正することもありません。

結語

上述した判例は、仲裁に積極的な判断が最近続出した例をほんの一部示したものです。ロンドンおよびシンガポールの裁判所の判決は、仲裁を支援・保護する裁判所の意欲を示す一方で、香港の判決は(ほかの最新判例と同様に)、仲裁判断への異議申立てを行おうとする当事者に課せられた重い負担を改めて確認するものです。紛争解決メカニズムに秘密保持や終局性を求める当事者にとって、仲裁は依然としてますます強力な選択肢と言えるでしょう。

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